2011年06月03日
二枚の名刺
真夏の午後の日差しが容赦なく降り注いでくる。汗は手拭などでは追いつかず、首筋からワイシャツの背中まですっかりぬらしていた。思えば朝から重いカバンを提げて歩き詰めだったのだ。
俺はたまらず木陰のベンチにカバンを投げ出し、どっかと腰を下ろした。
俺はある清涼飲料水メーカーの営業マン。先輩から譲ってもらった社名入りの革カバンにサイダーのサンプルを詰め込み、街の駄菓子屋やスーパーマーケットを歩いて廻る。言ってみれば、バカ暑いこの真夏が稼ぎ時というわけだ。休日返上もこの時期には当たり前。営業経験のまだ浅い俺に与えられた試練というヤツなのだと半ば諦めている。
俺はすっかり重くなった手拭を絞り、首筋の汗を拭った。
その時だった。
「あれ?S、Sじゃないか?」
声がした方に顔を上げると、そこに二人の男が笑顔を俺に向けている。
「何だ!AにKじゃないか。久しぶりだなあ。」
俺はすっかり垢抜けた二人に驚きながらも、懐かしさに頬を緩めた。
「高校卒業以来だぞ。」
「そうなるかなあ。」
「そうさ。ところでお前、今日の同窓会どうしたんだ?」
そうだ。今日は高校卒業後3年目にして初めての同窓会がこの近くであったのだ。
どうせこの時期、日曜日とはいえ休めないことは分かっていたので欠席の返事を出してあったのだが、それが今日というのをすっかり忘れていたのである。
仲のよかった仲間がそろって大学へ進学する中、俺だけが家庭の事情で就職せざるを得なかった後ろめたさがなかったかといえばそれはうそになるのだろうが。
「そうか今日だったな。まだ下っ端なんで、日曜でもこの調子なのさ。」
「大変なんだな。みんなお前に会いたがっていたぞ。」
少し話せば3年の溝などあっという間に埋まるものだ。
暑さも忘れしばらく昔話に花を咲かせたり、彼らの将来の夢なんかを聞いた。
Aは東京の一流大学の工学部で学んでいるらしい。
「俺はいつか街をひとつデザインしてみたいんだ。」
Kは千葉の商科大学で商売の勉強をしているという。
「俺は将来は地元に帰って、ふるさとの木を使って商いをしようと思う。」
熱く語る二人の夢を、俺はただ頷いて聞くしかなかった。
今日のうちに下宿に戻るというふたりが汽車の時間を気にし始めたのを潮に、俺たちは腰を上げた。
そして、別れ際に二人はそれぞれ名刺を手渡してくれた。
どちらも名前の横には堂々と大学の名前。そして下宿の住所と並んで、ふるさとの実家の住所も刷り込まれていた。

足早に去ってゆく二人の背中を見送って、俺は2枚の名刺をカバンのポケットに放り込んだ。
そして、1本だけ残っていたサンプルのサイダーの栓を抜き、すっかり温くなったやつを飲みながら思った。
「俺の夢って何なんだろう。」
しかしそれは、やけに泡の立ちすぎるサイダーのように頭に浮かんでは消えてゆくのであった。

俺はたまらず木陰のベンチにカバンを投げ出し、どっかと腰を下ろした。
俺はある清涼飲料水メーカーの営業マン。先輩から譲ってもらった社名入りの革カバンにサイダーのサンプルを詰め込み、街の駄菓子屋やスーパーマーケットを歩いて廻る。言ってみれば、バカ暑いこの真夏が稼ぎ時というわけだ。休日返上もこの時期には当たり前。営業経験のまだ浅い俺に与えられた試練というヤツなのだと半ば諦めている。
俺はすっかり重くなった手拭を絞り、首筋の汗を拭った。
その時だった。
「あれ?S、Sじゃないか?」
声がした方に顔を上げると、そこに二人の男が笑顔を俺に向けている。
「何だ!AにKじゃないか。久しぶりだなあ。」
俺はすっかり垢抜けた二人に驚きながらも、懐かしさに頬を緩めた。
「高校卒業以来だぞ。」
「そうなるかなあ。」
「そうさ。ところでお前、今日の同窓会どうしたんだ?」
そうだ。今日は高校卒業後3年目にして初めての同窓会がこの近くであったのだ。
どうせこの時期、日曜日とはいえ休めないことは分かっていたので欠席の返事を出してあったのだが、それが今日というのをすっかり忘れていたのである。
仲のよかった仲間がそろって大学へ進学する中、俺だけが家庭の事情で就職せざるを得なかった後ろめたさがなかったかといえばそれはうそになるのだろうが。
「そうか今日だったな。まだ下っ端なんで、日曜でもこの調子なのさ。」
「大変なんだな。みんなお前に会いたがっていたぞ。」
少し話せば3年の溝などあっという間に埋まるものだ。
暑さも忘れしばらく昔話に花を咲かせたり、彼らの将来の夢なんかを聞いた。
Aは東京の一流大学の工学部で学んでいるらしい。
「俺はいつか街をひとつデザインしてみたいんだ。」
Kは千葉の商科大学で商売の勉強をしているという。
「俺は将来は地元に帰って、ふるさとの木を使って商いをしようと思う。」
熱く語る二人の夢を、俺はただ頷いて聞くしかなかった。
今日のうちに下宿に戻るというふたりが汽車の時間を気にし始めたのを潮に、俺たちは腰を上げた。
そして、別れ際に二人はそれぞれ名刺を手渡してくれた。
どちらも名前の横には堂々と大学の名前。そして下宿の住所と並んで、ふるさとの実家の住所も刷り込まれていた。

足早に去ってゆく二人の背中を見送って、俺は2枚の名刺をカバンのポケットに放り込んだ。
そして、1本だけ残っていたサンプルのサイダーの栓を抜き、すっかり温くなったやつを飲みながら思った。
「俺の夢って何なんだろう。」
しかしそれは、やけに泡の立ちすぎるサイダーのように頭に浮かんでは消えてゆくのであった。

Posted by kaz at 22:29│Comments(0)
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